d0b65301.JPGそして、もう1つビルシュタイン製の場合オリジナルでつくるにあたり911系はフロントは、ストラット式サスペンションとうたってます。これはダブルウイッシュボーンと違いサスペンションについて 6
ショックアブソーバーがサスペンションの一部となって働いてるいるのです。
もちろん、DW(略しました)の方が性能も乗り心地も良いのですがポルシェの合理性的にはこれで良いのでしょう。

962C等のレーシングカーは、当然DWですが、、、、。
話を戻して、このストラット式はノーマルではショック自体はシェルケースといってその直立したケースの中に正立(ショックケースが下側でシャフトが上)ですが、これは直線を走行してる分にはあまり問題ありませんが、コーナリングとなると、、、、。

このストラット式は、ショックのはいったシェルケースをコーナリング時、タイヤのグリップ、横Gからから捻じ曲げる力が働き、変形しようとするのです。
これはステアリングフィールにも表れてきます。スパっとステアリングを切ってコーナリングすると多少なりとも、このシェルケースが変形しようとしましてショックがシャフトを上下動するのです中で抵抗を感じ、鈍くなるのです。
素人には、余り感じませんが、、、、、。

この対策としてビルシュタインは、ショック本体のケースを倒立させることで、シェルケにースの中にシャフトを通しショック自体をサスペンション構造としたのです。
そして、横方向に対しての強度が格段に向上しました。
この件、ビルシュタイン社のヒストリーが阿部商会さまのホームページにて掲載されてますので重複を避けますが、特許でございますです。

ポルシェ社は、993RSまでは正立式でしたが996GT3になってから倒立式になりました。もちろんレースカーは早くから倒立式で何故かザックス社製別体式オイルタンクを装備しておりました。ビルシュタイン製もありますが、この辺は性能、及び政治がらみもあったと想像しますが、、。
尚且つ、ショックには伸び側とちじみ側の設定がありこれをレースカーの場合、個別に調整用ダイヤルが装備されてます。

又、バンプラバーですが、ストリートでは単なる底付き防止でしたが、レース用、特にフォーミュラー等はバンプラバーもバネとして利用し、バンプ時(ちじむ時)の入力に対応してます。  要はミニみたいに、、、、説明ヘタですみません。えせ小説家、いやえせ過去専門技術知ったかぶり家ですので。
気を取り直して説明に入りますが、これはサーキット、パーマネントコースだけに出来ることで、レーシングカーの場合、ストロークが30~40mmで十分なのです。
ショックとバンプラバーの空いてる隙間にパッカーといって、ジュラコンでできたスペーサーを2mm位の単位で入れて調整します。特殊な世界です。

RS,GT3,GT2のストリートレーサー(レースカーはもちろん)は、アッパーシートにピロボールという軸受けを採用してます。カレラ及びターボはというとその部分はゴムブッシュになっており、ロア側もゴムです。これがピロだと路面からの振動がボディに直接伝わると走行時、とても騒がしくなり、隣りの彼女とラブリーなお話も“おんどれー!今日のミニスカート、カワイノー!” “うん、福屋でこうたんじゃけー!
それで、これからどこいくんね!“ ”比治山の展望台に行くにきまっとるじゃろうが、、!“とまあ、ローカルな話題ですみません、解る人には解るんで、、、。

しかし、ピロボールには、それだけのメリットがあります。
それは、路面からのタイヤの情報をステアリングを通して、直接伝達それも速やかに行ってくれます。ということは、逆にステアリングを操舵すると瞬時に車両が変化するということです。
エンジン付きボートを運転された方ならお解かりと思いますが、かじを切ってから少し時間経ってへさきをかえるような緩慢なステアリングレスポンスでは、レーシングカーの場合、危なくって走れません。
チョッと前のロールスは、そんな感じですよね!、オーナーの皆さんと私はご存知です。
乗ったことありますので、別に自慢話です。

昔(昔の話しかありませんので)、MC75やMC77のころ、昭和40年ころの2TGターボエンジン(トヨタ型式 136E ツインプラグヘッド 360PS)では、ドライバーは、鈴鹿でもフジでもヘアピンを抜けるにあたり、ブレーキ踏んで、そのままアクセルも踏んでないとタイムラグが凄く、加速していかないんだと感想を言ってました、、。
そんな遅くては困ります。

で、ピロボールは、レーシングカーとは切っても切れない間柄なのです。
こんなこともありました。又、昔の話、、、。

まだ、アイメック設立当初の話ですが、食えなかったのでアルバイトの為と、それまでレースカーと言えばグラチャンカーGC73、サードCカーとか、スープラGr,A等でポルシェのレーシングカーを知りたかったので、その当時タイサンさんのレースカーをメンテナンスしていた友達に頼み、手伝わせてもらいました。
その年、993GT2レーシングを日本発上陸させたタイサンアドバン号、例のプラモデルや、ミニチュアカーになった記念すべき車両のお手伝いをさせてもらいました。

デビューレースは、スズカのGTレース初戦でした。ドライバーは、松田秀士氏ともう一人だれだったか忘れました、、が、金曜の練習から松田氏曰く、セッテイングをどうさわってもコーナリング中が不安定でトーインと付けようが、キャンバー戻そうが決まらないと、皆で悩んでましたが結局、そのままホンチャンになりました。
つづく。

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