993GT2 ストリート 販売致します。

詳しくは、お電話等で、、。

市場価格は、一時の1億5千万などとはならなくなり
ました!

もう1台、GT2レーシング、RSR用ボディーも
あります。
こちらも、ご興味ある方は、、、。

今週末は、フジスピードウエイで、WEC(ダブルイーシー
と、ヨーロッパでは、発音)が開催されます。
友人も、お手伝いで行っております。

この時期は、富士は天候不良で、以前にも雨のレースと
なりました。
アタシは、最近は出不精で、来い!などと言われますが、、。
他人のレースを見て、何が楽しいんじゃ!などと、、。

実は、大事に育てていたカエデ(広島モミジで、種から
広島の神社境内の)を、また、今度は除虫剤を薄め方が
少なく、濃い状態で散布した為か、青く,秋には真っ赤に
染まるのを楽しみにしていたのに、全部枯れ落ちて、。

心は、ブルーでありまする!
ボケたんでしょうね!
自己嫌悪、意気消沈、ウツ、アホ、バカ、アンポンタン。
出社して、毎朝、葉が枯れ落ちたカエデを見ると、朝から
やる気が失せますです!

お昼には、退社して、お酒を浴びる毎日、、。

また、種から育てりゃエエじゃん!
と、叱咤激励しております!
ので、深く反省、そして、昼から飲酒!
支離滅裂であります。

ああー面白ないのー!

10月5日は、我が豊田市でラグビーのサモア戦が開催
されますねん!
前回の奇跡と言われた試合は、何故か、興味無いアタシでも、
TVにくぎ付けでありました。
赤白の日本軍に対し、緑のアイルランド軍の選手、何か
元気なかったね!

負けていた前半戦でも、何故か勝てそうな気がして、。
あの日本軍の各選手の気迫は、TVからでも伝わりました。
エエ戦いでありました。

ラグビーと言えば、アタシは、1960年代、石原慎太郎氏
の作品で、初めて読んだのが、”青年の樹”という青春物で、
主人公、武馬(たけま)が、東大に合格し、入学してから
ラグビー部に入門するのであります!
でもって、恋のお相手は、明子さんといって、そう、美しく
清らかな、、などと、空想してました、、。

青年の樹

これです!
何度も、読み返しました。
これで、感動し、石原氏の当時の出版物は、殆ど読み
ふけりました。

さすがに、当時、ラグビーなど、興味も、近くで見たことも
なかったので、想像するしかありませんでしたが、東京じゃ、
当たり前のクラブ活動なんだ!と、、。

でも、見に行こうとは思わん!
また、思い出した、モミジが、、!
あきらめの悪い、、。
も一度、”青年の樹”読もおっと、、!

”青年の樹”のモデルと言われた人物が実際におられます。

”さて、この石原慎太郎著「青年の樹」にはモデルがいました。横浜港運協会会長で、藤木企業会長・横浜エフエム社長の藤木幸夫氏です。少し、毀誉褒貶のある方で、陰では全国的に有名な「横浜のドン」と呼ばれ、地元政財界を仕切っているという噂の持ち主です。これもまた、噂の領域を出ませんが、菅官房長官のパトロンとも言われ、横浜市がカジノを誘致した場合、一番の顔役になる人とも言われています。

その彼の半自叙伝「ミナトのせがれ」(神奈川新聞社、2004年8月18日初版)を読むように、と名古屋にお住まいの篠田先生が貸してくれました。その本の帯に石原慎太郎氏が「私はかつて、若き日の著者をモデルに『青年の樹』を書いたことがある…」と推薦文を書いていたので、自分も上述したことを思い出したわけです。
藤木氏は、早稲田大学政経学部卒のインテリながら、父親の藤木幸太郎が一代で築き上げた港湾荷役業会社を継いだ二代目です。腕力だけが頼りのかつての荷役業者には「酒と女とバクチ」にはまるヤクザな荒くれ者が多かったのです。それを父親は、自分の腕力と交渉力と良き先輩に恵まれ、カタギだけを育てたことで、全国船内荷役協会の会長まで昇り詰めます。同協会副会長が神戸の田岡一雄甲陽運輸社長だったことから、「田岡のおじさん」とは公私にわたる家族ぐるみの付き合いで、そこから世間の誤解も招いたります。”

上記は、石原氏の解説の抜粋です。

この藤木さんという方の関連会社で、名古屋港で活動
されてました、当時、”藤木海運”に、アタシは、昭和50年
ころ、現サードの関連会社、シグマ商事に2年間在籍し、
シグマグループでの、新入社員教育で、ガソリンスタンド
社員として働き、その事業内容の中で、”藤木海運”さんの
トヨタ自動車を海外に輸出する大きなお船に、車両を
移動するドライバーたちを、船から回収、また、大きな
駐車場に送り返すクラウンバン(当時ありました)の
タイヤを納品してました。

確か、1台のクラウンバンのタイヤがスゲー速度で、
港内を行き来する為、1Wで、タイヤはサーキット走行
してるような摩耗でした、、。

と、また、脇道ですが、、。

現在は、トヨフジ海運、フジトランスなど、業務を拡大
されてますが、、。

青年の樹の主人公”武馬”の東大学生時代の友人で、やくざの組長
のせがれ役、”和久宏”さんが、モデルと言われてます。

初回映画の主人公は、1960年、石原裕次郎さんで、この時は、
主人公がやくざの息子役(藤木さんの)でした。
2作目は、1977年に三浦友和さんが、小説通り、”武馬”を
演じております。

現在のネットや、ウィキペデアって、凄いですね!
瞬時に、過去の歴史がある程度の正確さで、知ることが出来ます!
知ったげに、アタシは、ブログに掲載してますです!

つづく。