トヨタ車がお気に入りの生沢さんがレクサス印の車両に興味を持たないわけがありません。
と言ってもISやGS,そんでもって大きなLSなんか、、、。
しかし、そこに彼の購買意欲をそそるモノがついに出ました。
そ!IS-Fであります。
彼は、トヨタ、日産、マツダ、三菱、ポルシェなど一声知り合いに声掛ければ、昔の仲間が今はもう皆さん、その会社の社長、会長さんなどお歴々ばかりです。
どんな注文にも即座に協力されると思われます。
が、しかしそこは天下の生沢です。誰かの紹介などされると皆さん大騒ぎになりますので、普通に近くのディーラーに行って購入されるんですって、、。
お近くの用○環○近くのレクサスショールームに奥さんとお嬢様の3人ずれで、それも普段の足、マツダ、アクセラで行かれたんだそうです。
しかし、そこからのお話は、自分も聞いて呆れましたが、彼もこんな対応初めての経験だったそうで、奥さんなんか、途中から”もう、帰りましょ!”なんて、、、。
相当、対応が悪かったそうです。
例えると、量販電気店の店員のお兄さんがいきなり外車ディーラーの品のいいセールスマンになった気分で”何が欲しいの!”なんて、、、。
なんか、勘違いされてるようで、とても気分悪かったそうです。
量販店の品ある店員さん、例に出してごめんなさい。
それで気分悪くした彼は、その勢いでその近くにあるポルシェディーラーに行ったんだそうです。
そすると、そのディーラーでは、上へ下への大騒ぎ、機転のいい社員は、すぐに黒坂ポルシェジャパン社長に連絡取ったそうです。
それから、もうそのディーラーでは、高級クラブ状態、、。
気を良くした生沢大将、調子づいちゃって3台も買っちゃいました。
それが、ポルシェAGのドイツ本社にも報告され、またまた大騒ぎ、、、。
ポルシェ社発行の本、クリストファノスに日本人として初めて、その納車時が掲載されました。
ポルシェオーナー、ファンの知るところとなりました。
彼も言っておられましたが、ここがポルシェ社とトヨタ社の差かな?って。
自分もすぐに気がつきました、卑しくも会社経営者なので、、。
ポルシェ社、いやドイツ人の計算高さはすごいの一言です。
まあ、このようなケースでしたら自分でも生沢さんを利用しないわけないです。
感の良い皆様、皆まで言わなくてもお分かりでしょう。
このようにポルシェ社やフェラーリ社などは、こういったケースで有名人が購入された場合にほっとくわけありません。千歳一隅の宣伝のチャンスであります。
これには、まだまだ続きがありまんねん、、、、。
絵は、1973年ルマン24Hに初めて日本人のドライバーで日本人の作ったレーシングカーが走りました。
生沢、鮒子田、ダルボの3氏がドライバーで、、。
この車両の一部も製作のお手伝いがさせていただけました。
自分の一生忘れられない思い出です。
オートスポーツ誌より、、、。この本擦り切れるように何回も読みました、いや見ましたのでこのようにバラバラでやんす!
つづく。