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モーターファンイラストレーテッドという自動車雑誌
最新号N0127が発売されました。
その中の記事で異例ではありますが、アタシが大好きな
第2次大戦中に製作された戦闘機の記事が掲載されて
ました。

筆者は、本人はどう思ってるか知りませんが、アタシが30年以上
前に、サード時代に知り合った福野礼一郎氏です。
彼の題材は、ゲンロク誌でも自動車以外を取材する
個性ある方であります。

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今回、6ページにわたり、特集記事でありました。
アタシは、食い入りように読みましたが、読後、福野氏の
記事内容に賛同いたしました。

内容は、彼の性格を表したように細部まで表記され、
軍機には詳しいアタシも、なかなかエエーところを突いた
玄人もうならせる内容でしたので、、。

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問題は、上記の2枚の絵です。
そう、ドイツ メッサーシュミットME109Eが採用した
ダイムラーベンツ社製1000馬力以上の液冷倒立
V12ガソリンエンジン。
型式をDB601(A)33,9Lの排気量です。

製造権を購入した当時の川崎重工業社が、ハ40型として
国産化する計画と共に、当時のゼロ戦設計者と良く、
対峙される土井武夫氏を設計主務者として陸軍から
正式開発命令が出ました”キ61”飛燕であります。

この機は、どうも試作機で運よくアメリカ軍に没収され、
長い事日本国内の米軍基地や、国内展示されていた
機体であることが判明しました。

この機体に載せられたそのエンジンと、現在失われたので、
新たに川崎の関係者が資料が無いなか、苦労して製作された
液冷エンジン用熱交換器ラジエターです。

エンジンは、実際その機体に搭載されていたものですが、
ここで、この機体を所有してる現、一般財団法人日本
航空協会がレストアを川崎に依頼しましたが、何故か
エンジンには、一切手を付けるな!と、、。
そう、中身を分解組立を拒んだのです、、。

まあ、所有者がそういうならショウガナイところですが、
文化財とかいうことで、分解したら元に戻らないことを
心配してるのか、頭硬い連中であります、、。

技術屋の血が少しでも混じっていれば、個々は日本の
技術を後世に残す(彼らはそう言ってるようですが)本当
の意味でも、中身をばらし、当時の技術の凄さ、素晴らしさを
公開するべきと思うのは、アタシだけでなく、福野氏も
言葉柔らかく記述されてました、、。
いやー共感しました、、。

また、絵のラジエターは、資料の無いなか、関係者が
想像とセンスで新造した為に、2018年3月の各務原
航空宇宙博物館のハイライトとして展示するのですが、
当時の物でないということで、機体には組み付けられず、
単体展示するそうです、、。

今は、その建屋完成まで、仮の各務原の倉庫にばらして
絵のようにひっそり展示してあります。
アタシは、見に行こうと思っていますが、、。

まあ、日本航空協会にしてみれば、個人所有ではないので、
なんかあった時の責任を取りたくない!と思うのは、、。
どこかの、、、。
ああ、グチは止めましょう、、。

このエンジンは、V12用のクランクが非常に長い為、
当時の技術力で鍛造クランクが旨く製造出来ず、
結局、クランクはドイツ製の物でしか使用出来なかったと
自分は若かりし頃のご本で読んだ記憶があります。
いかに当時のドイツが先進していたか、、。
メッサーシュミットME109はそう凄いのであります。
スーパーチャージャーをエンジン側面組み付けて、。

そのスーパーも、川崎は国産化して作ったようですが、
現在はそれもなく、現川崎の方が外観だけでもと、
鋳物で製作したようです、、。

5式戦といって、エンジンを空冷星形に換装して、
この機体は大活躍したそうです。

飛燕自体は、陸軍の為、結局ゼロ戦のように海外での
活躍も少なく、故障も多かったそうで、最後は特攻に
使うしか使用用途は少なかった悲運の飛行機であります。

日本航空協会の事情も理解出来ますが、やはり今まで
生き延びてきたこの機体は、ひっそり悲運のまま、展示
されるしかないのでしょうか、、。

お暇な方、現在展示中だそうです、、。
分解状態では、この機会しか、、、。

お若い技術者の方々、一度ご覧になっては如何、、。
77年前に、当時の環境下でこのような技術工芸品が
製作出来たことを感じ取って頂きたいです!

そう、ツルタの大きなお世話!

つづく。