モンキー、ダックス、ハンターカブと、3種類の
カブが、やっと、入ってきました。
個人で、買ったもんです、、。

同じ、125ccのインジェクションエンジンですが、
モンキーと、ダックスは、各種、違ったパーツで、
組まれてます。

モンキーのリヤスイングアームは、丸断面、。

ダックスは、箱型断面。

タイヤも、モンキーは、ブロックタイプ(左)。

モンキーは、5速MT,,.

ダックスは、ハンターカブと同様の、4速、ノークラッチ
タイプですが、ハンターカブは、前シフターが、蹴り上げの
出来るタイプに比べ、ダックスは、スタンダードな、、。

ハンターカブのシフタ、。。!

モンキーのリヤショックのアッパー側メッキカバーに
対し、、。

ダックスは、メッキカバー無し、、。

エンジン本体、クランクケースの仕様も、3車、3様、、。
心憎い、仕上げをしてます。

ハンターカブは、初期モデルで、3,000kmくらい乗り
ましたので、乗り味は、分かってますが、モンキー、
ダックスと、乗り味はどうなのか、、、?

多分、カブファンは、この3台と、ノーマルカブ、クロスカブ
と、揃える方が増えるのでは、、。

クルマ1台分のスペース(駐車場)があれば、、、。
しかし、ホンダ社は、バイク部門は、購買欲を引き付ける
魅力を感じますが、4輪部門は、どうも、、、!!
これは、アタシの私見でありまする!

CB750の時代から、ホンダ社は、アタシのヤマハに
対するライバルでしたが、4輪車両は、どうも、、。

兄貴の同級生が、昭和42年ころ、鮮烈なデビューの
真っ赤なホンダN360を新車で、購入しましたが、
自分の6歳上の兄は、当時、初めての4輪が、
中古車でしたが、スズキ フロンテでした。
アタシも、母と一緒に、その中古車屋に行って、実車を
見定めた思い出があります。

ので、アタシは、2輪のバイクは、2サイクルで育った
のであります。
初代バイクは、スズキのコレダ125,、。

ので、ホンダ社は、いつもライバル視してました、、。
しかし、やはり内心は、憧れていたのでしょう。
CB750は、購入しませんでしたが(二十歳を過ぎて、
豊田市に居を構えてから)、岡崎のヤマハオート
センター(レッドバロンの本社)に行って、決めたのが
ホンダ、CB750Fのシルバー、、。
勿論、中古車ですが、即決で、購入しました。
当時の価格が、確か20前年くらい、。

750Fは、それから、青、赤と3台、乗り継ぎました。
どれも、皆、友人が、欲しいと勝手に持っていたのです!

ホンダ社の4輪は、新車もですが、中古車で、購入した
記憶がありません。
その理由の一つは、昭和50年初頭、豊田市では、まだ、
三河ナンバーでしたが、当時、アタシャ、名古屋ナンバーの
ブルーバード 510 1800SSS(シルバー)を乗ってました。
これは、名古屋に在住(2年ほど)時、当時、やはり、
20万円で購入したのもです。

シグマの当時の、幹部には、”どうして、ニッサンを、?”
などと、しかられましたが、、。
で、豊田市のシグマ本部に2年の教育が終了して、晴れて
昭和51年に、シグマオートモーティブに、移籍と
なりました。
当時、通勤は、アパートが、シグマの近くになかったので、
鴛鴨町という片道、10kmくらいを通勤してました。
最初は、気にも留めてなかったのですが、とうじの
豊田市内の道路は、片側1車線の道路しかなく、対向車の
運転手とは、まともに目が合ったのですが、アタシの
シルバーの、それも、ハヤシストリートのホイールを
組みつけた日産車を見た、殆どのすれ違った、豊田市民
とも思われる方々は、ジーと、アタシを見てました。
そう、”なんじゃ、お前は!”て、感じで、、。

其れもあって、次の車両は、ターボ開発もあって、
2代目、カリーナGTハードトップ(白)にしたのです。
愛知トヨタから買った、人生初めての新車!
色は、白!

これは、2TG インジェクションで、ブリッツ時代の
ターボKIT開発に、、。

兎に角、豊田市の地元愛は、凄くて、近くにあった
豆腐屋さんは、豊田市に1軒あった、日産、チェリー
店(今は無し)で、それまでのトヨタ タウンエース
から、買い換えたのです、、。
すると、しばらくして、その豆腐店は、倒産した
そうです。
近所のお客さんが、不買運動したとか、、。
恐ろしいですが、本当のお話です!

三河は、そう、、豊田市は、トヨタ自動車以外は、
走っちゃいかんのです(個人の見解です)!

昔のお話がはずむ、ツルタでありまする!

つづく。